品質リスクマネジメント(Quality Risk Management)は、医薬品のGMP(Good Manufacturing Practice)における重要なプロセスです。しかし、ガイドラインの抽象的な内容を実務に落とし込む際には多くの課題が生じます。
今回は、私の経験をもとに、実践的かつ効果的な標準操作手順書(以下「SOP」という。)作成のポイントをつぶやきます。
実務の現場での参考になれば幸いです。
リスクマネジメントガイドラインの改正
私KenUは、定年退職してから2年以上が経ちました。あと数年で年金を受け取れるようになるため、再就職活動はすっかりやめてしまいました。
定年直前の数年間は医薬品GMPのQA業務に携わっており、その経験もあって、定年後の規制の変化に関心を持ち、発出された医薬品や医療機器等の品質、有効性、安全性の確保に関する法律や通知について調べてみました。
その中で、令和5年8月31日に発出された「品質リスクマネジメントに関するガイドラインの改正について」(薬生薬審発0831第1号、薬生監麻発0831第2号)という通知に興味が湧きました。
なぜなら、そのガイドライン(ICH Q9『品質リスクマネジメント』)について以前から深く理解しているという自負があり、前職では品質リスクマネジメントSOPを自ら作成した経験があるからです。
ちなみに、そのSOPは、GMP適合性調査時にPMDAがコピーを欲しがるほどの出来映えだったとの認識です。
ガイドライン解釈の課題と現状
ガイドラインは、リスクマネジメントの概念や原則を示したものですが、具体的な手順や基準の詳細が記載されておらず、抽象的な内容が多いのが特徴です。このため、製薬企業が自社の実務に合わせて解釈や応用を行いながら手順に落とし込む必要があり、多くの企業が苦労しているのが現状です。
実際、私の目から見ると、インターネット上で公開されている品質リスクマネジメント手順書モデルやサンプルの多くは、実効性や有効性に乏しいと感じます。
たとえば、PMDAや県の薬事研究会等が提供するSOP例は、ガイドラインの文言をそのまま引用した内容が中心で、具体的な手順に落とし込まれていません。
また、某コンサルタントが提供するSOPサンプルは内容が複雑すぎて実務に適用しにくい上、従業員が理解し適切に運用するにはハードルが高いように思います。
さらに、某製薬企業のリスクマネジメントの実例に関するセミナー資料では、影響分析のアプローチが適切でなく、品質リスクマネジメントの基本的な理解が十分でない印象を受けました。
私の経験から、リスクマネジメントのSOPは、実際の製品をモデルにしたリスク分析アプローチの経験に基づくことで、より実践的で実務に適用しやすく、効果的なものになると感じています。
理解を深めるまでの経過
ではここで、私自身がどのようにして品質リスクマネジメントの理解を深め、SOP完成に至ったのかをお話ししたいと思います。
まず、研究開発職時代にFMEA(故障モード影響解析・Failure Mode and Effects Analysis)の専門家による講義を受け、リスク解析の基礎を学んでいました。その後、新製品(医薬品合成基材)の工場立ち上げにおいてリーダーを務め、実際にFMEAを用いたリスクマネジメントを実践していました。
次に、医療機器のリスクマネジメント(ISO 14971: Medical devices — Application of risk management to medical devices)について独学で学んでいました。また、取引先であるヨーロッパの医療機器メーカーが作成したドシエ(リスクマネジメントファイル)を参考にし、社内で運用されていた医療機器のリスクマネジメントSOPを全面的に改定し、新規導入医療機器のリスクマネジメントを実践していました。
開発部門から品質部門に移動してからは、それらの経験を基にICH Q9を独学で学び、2021年の医薬品GMP省令改正に向けて、医薬品GMPの品質リスクマネジメントSOPを作成しました。また、品質リスクマネジメント責任者として、各部門の担当者に対する教育や実施指導を行い、組織全体でリスクマネジメントの運用を定着させる役割を果たしました。
手順の作成におけるアドバイス
さて、以下に私の経験に基づいて、医薬品GMPの品質リスクマネジメントの仕組みや手順をどのようにつくったらよいかについて、私の考えやアドバイスを述べます。
まず、FMEAの講習を受けて影響分析の練習をしてください。そして、何度も実践してください。回数を重ねることで、リスク分析の要領が徐々にわかってきます。
よくある間違いとして「故障・不良」と「故障モード」を混同することがありますが、その点をいちいち細かく指摘すると、メンバーが混乱したり、やる気が失せたり、記録の形式を整えることに気を取られたりして、有効なリスク分析ができなくなる可能性があります。
故障モードに故障や不良を挙げてしまっても、結果的に根本原因にたどり着けば問題ではありませんし、ハザードの特定が適切に行えるかどうかが重要です。はじめから完璧なFMEAはできませんから、あまり神経質にならずにリラックスして実践を重ねていきましょう。
次に、ICH Q9よりも先にISO14971(JIS T 14971)を読んでください。両者のリスクマネジメントの基本的な考え方は同じで、医薬品よりも医療機器のほうが先に活用され適用実績が長い分、ISO14971のほうが具体的な方法論の記述が多くなされており理解しやすいです。ただし、ISO 14971の中には医薬品に適さない部分もあるため、それを適切に取捨選択する必要がある点に注意してください。
何度でも読み返してください(読書百遍意自ずから通ず)。
SOPを作成する際には、具体的で明確な内容にすることは大切ですが、複雑で面倒な仕組みにしないようにしましょう。そうしないと、形骸化したり、有効性の足りない記録が生じたりする可能性があります。
たとえば、影響分析でフィッシュボーン(特性要因図)を作成するという手順は、二度手間になって労力が増えるだけなので、私はおすすめしません(関連記事『医薬品QRMで無駄なフィッシュボーン作成はしなくていい!』参照)。
FMEAで要因を抽出し細分化していくやり方で置き換えられますし、フィッシュボーンでは重大性や発生頻度を評価できません。
リスク分析の手法は時間とリソースの効率性も考慮するべきです。EXCELを使ってFMEAを行えば、簡単に要因の記録行を追加でき、記録にも残しやすいというメリットがあります。
また、形式度の高い手法と形式度の低い手法については、各事象ごとにフローチャート、チェックリスト、ディスカッションなどを通じて、どちらの手法を採用したのかの意思決定の根拠と判断とを記録しておけば良いと考えます。
たとえば、逸脱管理や変更管理において、典型的な品質リスクマネジメントプロセスとして形式度の高い手法が必要な事象もあれば、ハザードの特定が不要(またはできない)事象もあります。その場合は、形式度の低い手法を適用し、記録として残せれば十分です。
一例として、医療機器のリスクマネジメントの「特質を特定するときの指針にできる質問事項の一覧」のようなものをイメージしてもいいでしょう。
最後に、リスクマネジメントの記録についてですが、医療機器のリスクマネジメントのように、品目ごとにリスクマネジメントファイルをつくると管理が容易になります。特に形式度の高い手法を用いた場合には、過去のリスクマネジメント記録を更新することで、ブラッシュアップされ、ICH Q10の知識管理としても活用できます。
令和5年8月31日に発出された改正への対応
今回の改正は、特段、SOPを大きく改訂するような内容ではありません。
「6.1品質/製造上の問題から生じる製品の安定供給リスクに対応する上での品質リスクマネジメントの役割」が追加されたことについては、安定供給についてリスクベースで考えた場合、そのリスクコントロールは結果的に管理頻度、監視頻度、監査頻度の設定が主な対応になると思います。そして、それらは様々なプロセスにおいて既に行われているはずです。
もし、安定供給リスクに関するリスクコントロールについての具体的な手順がないのであれば、品質リスクマネジメントのSOPではなく、各品質プロセスのSOPに組み込むほうが効率的です。また、そのようにすることで各部門の担当者の知識や意識レベル、説明能力が高まり、より効果的にリスクマネジメントが運用されるようになります。
最後に
以上、品質リスクマネジメントの手順書についてお話ししました。本ブログは解説を目的としたものではなく、個人的な意見を述べたものに過ぎないことにご理解ください。
SOP作成において完璧を求めすぎると進行が遅れ、無駄な時間やリソースを消費することになります。最初から完璧を目指すのではなく、継続的改善を念頭に柔軟に対応していくことが重要だと感じています。
余談
FMEAの「故障モード → 故障 → 原因 → ハザードの特定」という流れにおいて、故障の原因を人(ヒューマンエラー)に帰結さるのは間違いです。非常に浅い分析と言わざるを得ません。
例を挙げると・・・
【NG例】
故障の原因:操作ミス
対策:作業員教育の強化
【良い例】
故障の原因:表示パネルの表示が多すぎて必要情報が埋もれた
対策:優先度が高いアラーム表示の強調、UIデザイン見直し、作業フロー簡素化
といった感じになります。
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本ブログのイラストは、WordPressの画像生成AI機能により作成しました。その際、ChatGPTにイラストのイメージを伝え英語のプロンプトを作成してもらいました。
もしかしたら、ChatGPTがSOPも作成できるのでは?と考える方もいるかもしれませんが、実際には難しいです。なぜなら、SOPは実務に即した具体的な内容とプロセスを明確に示さなければならないためです。ChatGPTは理論的な部分や基本的なガイドラインを整備することはできますが、実務経験に基づく深い理解が必要なため、業務にどのように適用するか、リスクを識別して評価する方法、そしてその後のコントロール策を詳細に示すことはできません。
ただし、ChatGPTはツールとして、アドバイスやサポートを提供できます。作成したSOPの文章について意見をもらったり、誤字脱字や冗長表現の修正など、効率的に活用することができます。ぜひ、そのような面で試してみてください。
ところで、私が定年後の継続雇用を辞退した理由ですが、新製品開発は、幼い頃からの創造力や探究心を刺激し、本質的に自分が好きだと感じる仕事だった一方、医薬品GMPのQA業務は、自分の性に合わず、面白さを感じることが少なく、ストレスが溜まりやすいと感じていました(笑)
4つの責任者(バリデーション責任者、自己点検責任者、製品品質の照査責任者、品質リスクマネジメント責任者)を兼務していたので、退職前に引継ぎが完了したときには、正直ホッとした気持ちが強かったです。
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