以前、『タイヤに窒素を入れる理由のウソ・ホントと科学的根拠』という記事を書きました。
今回は、その続編として、タイヤに窒素を入れることや空気を入れることに関して、さまざまな意見を集めて、その真偽を確認しました。
世の中、いろいろ面白い考えをする人がいるものですね。
そして、なるほどと思うこともしばしばあります。
以下、一つずつ科学的に確かめていきます。
目次
その1 酸素と窒素濃度の変化
「窒素が抜けにくく酸素が抜けやすいのなら、空気の8割が窒素なんだから何回か空気を補充すれば窒素比率が高くなっていって、タイヤの中はほぼ窒素になるのでは?」
という意見。
そこで、空気を入れたタイヤの空気圧が減ったときに、空気を補充することを繰り返すと窒素濃度と酸素濃度がどのように変化するのかシミュレーションしました。
また、窒素を入れたタイヤの場合についてもシミュレーションしました。
条件は次のとおりです。
- 初期のタイヤ内圧(ゲージ圧)が220kPaで、210kPaまで内圧が減ったら220kPaまで空気を補充し、これを何度も繰り返した場合
- 空気中の窒素(N2)濃度は78%、酸素(O2)濃度は21%
- タイヤゴム成分を天然ゴム(NR)60%と合成ゴム(SBR)40%と仮定
- NR、SBRそれぞれのガス透過係数から、タイヤゴムのガス透過係数を仮定(下表参照)
- ガス分圧とガス透過係数からN2とO2の変化を計算
- ブチルゴム(BR)のインナーライナーのガス透過性は無視
- ゲージ圧ではなく絶対圧で計算
| 窒素(N2) | 酸素(O2) | |
| NR透過係数(25℃)※ | 6.0 | 17.5 |
| SBR透過係数(25℃)※ | 4.70 | 12.8 |
| タイヤゴム(NR60%, SBR40%)透過係数(25℃) | 5.5 | 15.6 |
空気圧減少と空気圧補充を20回繰り返した場合のグラフを示します。
タイヤに窒素を入れた場合の計算は、窒素濃度99.9%まで充填するのは難しいので、初期窒素濃度を96%としました。
窒素の充填の仕方は最後に説明します。
確かに、空気補充を繰り返すと、窒素(N2)濃度は上がり、酸素(O2)濃度は下がります。
でも、10kPa補充を20回行っても、窒素が90%を超えることはありません。
一方、はじめに窒素(N2)を入れたタイヤに空気を補充すると、当然ながら窒素(N2)濃度は下がります。
次のタイヤ交換までに20回も空気を補充することはないでしょうけど、90%以上の窒素(N2)をキープしています。
その2 窒素分子の速度の影響
「窒素ガスは、不活性ガスで分子の動きが遅く透過係数が小さいので、タイヤからガスが抜けにくい」
という意見。
分子速度の理論に理想気体の分子の平均速度を求める式があります。
v=√8kBT/πm
- vは平均速度
- kBはボルツマン定数
- Tは絶対温度
- mは分子の質量
分子の質量(m)は分子量に比例し、窒素と酸素の分子量は次のとおりです。
- 窒素(N2): 28g/mol
- 酸素(O2): 32g/mol
上の式から、分子量が大きいほど(重いほど)速度が遅くなり、窒素(N2)よりも酸素(O2)のほうが遅いことが分かります。
また、空気中に3番目に多く含まれる不活性ガスのアルゴン(Ar)(分子量:39.948 g/mol)は、窒素(N2)より分子量も透過係数も大きいです。
したがって、窒素ガスがタイヤから抜けにくい理由は、不活性ガスであることや分子の動きが遅いことが直接的な理由ではありません。
その3 窒素分子サイズの影響
「酸素分子に比べて窒素分子のほうが大きいために、窒素のみにしたほうがエア圧が下がりにくい」
という意見。
空気の主構成ガスの分子サイズとゴム透過係数を表に示します。
| 乾燥空気中ガス濃度 ※1 | 分子の大きさ Kinetic diameter ※2 | NR透過係数 (25℃) ※3 | SBR透過係数 (25℃) ※3 | |
| 窒素(N2) | 78.084% | 364pm | 6.12 | 4.8 |
| 酸素(O2) | 20.9476% | 346pm | 17.7 | 13 |
| アルゴン(Ar) | 0.934% | 340pm | 9.7 | 12 |
| 二酸化炭素 (CO2) | 0.041% | 330pm | 99.6 | 94 |
出典※2:Wikipedia, Kinetic diameter
出典※3:剣菱浩, ゴムのガス透過性, 日本ゴム協会誌, 第53巻 第12号 (1980)
分子の大い順:N2>O2>Ar>CO2
透過係数の小さい順:N2<Ar<O2<CO2
というように、分子の大きさとガスの抜けやすさの順番は一致しません。
気体分子の大きさは透過度に影響を及ぼすものの、ガス透過度は気体分子とゴム分子の親和力に起因するので、透過係数と分子サイズに直接的な関連性はありません。
その4 圧縮空気の水蒸気
「0.8メガパスカル(800kPa)の圧縮空気には、大気の9倍の水蒸気が含まれ・・・」うんぬん
という意見。
0.8メガパスカルというのはゲージ圧なので、ここで言う9倍とは、絶対圧で考えた場合の比です。
水蒸気だけでなく、窒素(N2)、酸素(O2)などのガスも同様に9倍含まれます。
なので、大気圧に戻せば圧縮前の空気と同じ組成に戻ります。
つまり、タイヤに圧縮空気を入れたからといって、大気よりも9倍多い水蒸気が入るわけではありません。
むしろ、エアーコンプレッサーのエアレシーバー(空気タンク)を露点まで冷やして、凝結した水蒸気がドレンから排出される場合、タイヤには圧縮前の空気よりも湿度が低い空気が入ることになります。
その5 水蒸気の膨張率
「水は液体から気体に変化すると、その体積は1700倍も膨張する・・・」うんぬん
という意見。
この1700倍というのは水が100℃で沸騰した場合です。
理想気体の状態方程式から、1 mol の水蒸気(気体)の体積を求めて1molの水(液体)の比を計算します。
PV=nRT ⇒ V=nRT/P
- P :圧力= 1.01×105Pa(1気圧)
- V:体積(m³)
- n:物質量= 1mol
- R:気体定数= 8.314 J K-1 mol-1
- T:温度= 100℃+273.15 = 373.15K
1molの水蒸気の体積=1 × 8.314 × 373.15 / 1.01×105= 0.0307m3 = 30.7L
1 mol の水の体積 = 0.018015L
体積比倍率 = 30.7 / 0.018015 = 1704(倍)
タイヤに入るのは水ではなく蒸気(気体)なので、温度変化に対する膨張率は他の気体とほぼ同じです(β = 1/T×(1+e/P))。
例えば、タイヤに25℃、湿度60%RHの空気を220kPaで充填した場合、乾燥空気の分圧(窒素、酸素など)は214kPa、水蒸気の分圧は6kPaです。
(1+e/P)=1.03なので、湿度による圧力変動は無視できるレベル。
また逆に、温度が低下して水蒸気が凝結した場合、空気中の水蒸気の分圧が減少し、その結果として圧力も若干低下しますが、同じ温度変化による乾燥空気の体積減少の影響の方が大きいです。
したがって、タイヤ空気中の湿度が温度変化に伴って引き起こす圧力の変動は無視できるレベルです。
25℃の乾燥空気と湿度70%の空気を220kPa充填した場合、温度変化に対して内圧がどのように変化するかをシミュレーションすると下図のとおりです。
なお、タイヤ内に湿度70%の空気が入り続けることはないので現実としてはありえません。
その6 水蒸気のゴム透過性
上の項に関連しますが、どの高分子材料において、水蒸気はどのガスよりも透過性が高いです。
たとえば、酸素よりも水蒸気は100倍以上抜けやすくなります。
なので、タイヤに湿度のある空気を入れたからといって、タイヤ内に水が溜まっていくことはありません。
また、20℃、湿度65%の空気の水蒸気の分圧の割合は、空気圧全体の15/1000なので、タイヤから水蒸気が抜けても、空気圧への影響は無視できるレベルです。
- 30℃における天然ゴムの透過性:酸素23、水蒸気2600(透過係数の単位:×10-10cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))
出典:永井一清, 総説 パッケージ用プラスチックとガスバリア機能, 日本印刷学会誌, 第52巻第2号(2015)
その7 F1のタイヤ
「レーシングカーでも一時期、窒素ガスが主流だったが、F1などでは水分を除去した(強制乾燥)空気=ドライエアを利用している」
という意見。
F1のタイヤに使用されるガスの種類については、時代と共に変遷があるようです。
2011年から、ピレリ(Pirelli)がF1の独占的なタイヤサプライヤーとなっています。
この契約は2027年まで継続される予定です。
ピレリはF1チームに対して技術的なアドバイスを提供しており、その中で「We recommend to use only Dry air or Nitrogen to inflate tyres in order to avoid unexpected variations in pressure while running.」と推奨しています。
一方、F1関連の海外フォーラムでは、「F1タイヤに窒素は含まれていません」と主張する元ミシュランの従業員もいます。
しかし、ミシュランがF1にタイヤを供給していたのは2006年以前の数年間であり、現在の状況とは異なります。
2007年には、ブリジストンが6年間のブランクを経て再び唯一のF1のタイヤサプライヤーとなり、2010年までその役割を担いました。
2008年のF1専門ジャーナルには「Whilst Bridgestone uses dried air by default, there are other gases available and teams will often try or make use of these in their pursuit for an advantage.」という記載があります。
ブリジストンは乾燥空気を使用していたものの、他のガスを利用するチームもあったようです。
近年、多くの海外のF1モータースポーツ関連のジャーナリストは、F1のタイヤに窒素ガスが使用されていると報じています。
これに基づくと、過去にドライエアが主流だった時代から、現在では窒素が主流になっていると言えるでしょう。
ただし、近年のF1では環境フットプリントが問題視されていることもあり、窒素ガスの使用から環境負荷の小さい空気の使用に移行する可能性も考えられます。
2025年のF1のレギュレーション ” 2025 FORMULA 1 TECHNICAL REGULATIONS ” を抜粋すると次のようになっています。
10.8.4 Treatment of tyres
10.8.4 タイヤの取り扱い
a. Tyres may only be inflated with air or nitrogen.
a. タイヤは空気または窒素でのみ膨らませることができます。
b. Any process the intent of which is to reduce the amount of moisture in the tyre and/or in its inflation gas is forbidden.
b. タイヤ内および/または膨張ガス内の水分量を減らすことを目的とした処理は禁止されています。
その8 インナーライナーの透過性
「タイヤ内面には空気透過性の低いブチル系ゴムのインナーライナー層があり、空気が抜けにくいから窒素を入れる意味はない」
という意見。
インナーライナー層とは、チューブタイヤのチューブに代わるものとして、チューブレスタイヤの内面に施されているものです。
インナーライナーに使われているブチルゴム(IIR, Isobutylene-Isoprene Rubber)は、タイヤゴムに使われているSBRやNRに比べて、N2やO2の透過率が1/10以下です。
NRのN2およびO2透過率を基準として100とした場合の、25℃および50℃における各ゴムのガス透過率を表に示します。
| 温度(℃) | ゴムの種類 | N2透過率 | O2透過率 |
| 25 | NR | 100.0 | 100.0 |
| 25 | SBR | 78.4 | 73.4 |
| 25 | IIR | 4.0 | 5.6 |
| 50 | NR | 100.0 | 100 |
| 50 | SBR | 74.7 | 73.4 |
| 50 | IIR | 6.5 | 8.6 |
しかし、インナーライナー層はゴム特性やコストの関係で、タイヤのサイドウォールやトレッド面の厚さの10分の1以下です。
したがって、インナーライナーには空気圧減少速度を抑制する効果はありますが、完全に空気を透過させないわけではありません。
しかも、インナーライナーは、タイヤゴムの窒素に対する酸素の抜けやすさよりも、より酸素が抜けやすくなります。
各ゴムに対する酸素と窒素の透過率の比を表に示します。
| 温度(℃) | ゴムの種類 | 透過率の比(O2/N2) |
| 25 | NR | 2.89 |
| 25 | SBR | 2.71 |
| 25 | IIR | 4.01 |
| 50 | NR | 2.42 |
| 50 | SBR | 2.38 |
| 50 | IIR | 3.17 |
タイヤから空気や窒素がどれくらい抜けるかについては、NHTSA(米国運輸省道路交通安全局)のテストによって実証されています(詳細は以前の記事を参照してください)。
国内においては、実際に運行しているトラック18台の空気圧の変化が調査されています。
上記数値から、同じ比率で乗用車のタイヤ空気圧が減少すると仮定します。
そして、空気ではなく、97%窒素に置換した場合の空気圧の減り方を次の前提条件でシミュレーションしました。
- 初期圧力:250 kPa
- 1か月後の圧力:243.5 kPa
- 減少分:250 – 243.5 = 6.5 kPa
- 空気組成:酸素21%、窒素78%、その他1%(無視)
- タイヤゴムの透過度比:酸素:窒素 = 2.6 : 1
その9 気体の重さの違い
「窒素は空気よりも軽いから、車重が軽くなって燃費が良くなる」
という意見。
タイヤに25℃の空気または窒素をそれぞれ220kPa(ゲージ圧)充填した場合を比較してみます。
タイヤサイズは235/50R18とし、タイヤ1本あたりの容積は約35Lになります(計算式は割愛します)。
理想気体の状態方程式を使って、空気と窒素それぞれのモル質量から質量を計算します。
式PV=nRTを変形して⇒ n=PV/RT
n = (220 + 101.325) × 103Pa × 0.035m3 / (8.314 J K-1 mol-1 × (25℃ + 273.15 ))
n = 4.54 mol
空気の平均モル質量:約29 g/mol
窒素のモル質量:約28 g/mol
なので、
空気質量 = 4.54 × 29 = 131g
窒素質量 = 4.54 × 28 = 127g。
窒素質量-空気質量=-4g
タイヤ4本では、たったの16gの差しかありません。
したがって、燃費に影響するとはとうてい考えられません。
最後に
ハイパーカーやスーパーカー向けに設計されたピレリのタイヤ、P ZERO™ TROFEO RSの技術的アドバイスには次のように書かれています。
「Specialist gases such as nitrogen are not required unless the air source is excessively humid. Always use a high-quality air pressure gauge for consistent results. The use of metal rather than rubber valve stems is recommended as these are more resistant to high temperatures.」
街中を走行するだけの乗用車のタイヤに窒素を入れるか、空気を入れるかは、利便性の問題だけです。
頻繁に空気圧管理できるのあれば、空気で十分でしょう。
一方、面倒だから自分ではせずに、新品タイヤに窒素を補充して、半年毎の自動車点検、車検、夏冬タイヤ交換時などに、ディーラーでの空気圧調整だけで済ませるという考えもあるでしょう。
自動車タイヤに窒素を入れる方法は次のとおりです。
- タイヤ内空気の排出: 空気を充填済みのタイヤは、バルブコアを外して、大気圧:絶対圧1気圧(ゲージ圧0kPa)になるまで空気を排出する。
- 窒素の初期充填: 一度、窒素をタイヤに充填し圧力を高くする。するとタイヤ内部に残っている空気が混ざり合う。
(例)220kPa(ゲージ圧)まで窒素(99.9%)を充填した場合、窒素濃度は93%以上になる。(78%×1気圧+99.9%×2.2気圧)÷3.2気圧=93.06% - 排気: バルブを開けて、0kPa(ゲージ圧)になるまでタイヤ内の混合ガス(窒素+空気)を排出する。
- 窒素の再充填: もう一度、窒素を充填する。
この過程を窒素置換といい、複数回繰り返すことで、タイヤ内部の窒素濃度を高めることができる。
(例)220kPaまで窒素置換を2回繰り返した場合、窒素濃度は97%以上になる。
※航空機の場合は、窒素の排出はしない。
大気圧:絶対圧1気圧(ゲージ圧0kPa)のタイヤに、15気圧(ゲージ圧1400kPa)まで窒素を充填するので、一回の充填で 窒素は98%以上になる。[(78%×1気圧+99.9%×14気圧)÷15気圧=98.44%]
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