☆
さて、以前「夾雑物のない純粋な大腸粘液のpHを測定してみた。」という記事を書きましたが、今回は、自分のストーマから排泄したいろいろな性状の便のpHと、いろいろなストーマ用品のpHを測ってみました。
ストーマスキントラブルについて、いろいろなサイトを見ていると、言われていることが違っていたり、あやふやだったり、本当のところどうなのか、自分で確かめてみたくなってしまったんです。
そして、真実を明確にして、自分自身でいろいろと考察したいと思ったわけです。
※ なお、このブログ記事の実験結果や考察は、”S状結腸ストーマのKenUの場合”であって、他の結腸ストーマ、回腸ストーマ(イレオストミー)に当てはまるかどうかは分からないということを、先に申し上げておきます。また、ここでいう下痢便とは、上行結腸ストーマやイレオストミーの水様便とは異なるものです。
記事は専門的な内容なので、恐らく、一般の方が読んでもちっとも面白くないと思いますから、興味のある方だけどうぞ。 便の写真はだしていませんから、安心してください。
********* 目次 *********
1. ブリストルスツールスケールについて
2. 人工肛門からの排泄便の性状とpHの関係
3. 種々のストーマ用品のpH
・ストーマパウダー
・創傷被覆保護材
・ストーマ装具面板(皮膚保護材)
・消臭潤滑剤
・洗浄料(ボディーソープなど)
4. ストーマスキントラブル(ストーマ周囲皮膚炎)について
5. 余談
6. 参考文献
*************************
1. ブリストルスツールスケール(ブリストルスツールチャートともいう)について
便の形(性状)は、ブリストル便尺度(図1)によって、Type1の硬いコロコロ便からType7の水様性の便に分類され、便が大腸を通過する時間と相関すると言われています。

上行結腸の便は下痢状になっていて、そこから横行結腸に進んで、「シャトル運動」によって横行結腸の中を往ったり来たりしながら徐々に水分が吸収され、便は硬くなっていきます。(参考文献1)
腸の大蠕動(だいぜんどう)が起きると、素早いものは横行結腸の便を1分足らずで直腸まで運んでしまうそうです。
2. 人工肛門からの排泄便の性状とpHの関係
以前と同様に、アズワンのスティックタイプのpH試験紙(測定レンジpH5.5~9.0)(写真1)で、ストーマパウチに排泄されたKenUの便pHを測定しました。



なお、硬い便(水分が少ない便)は、そのままではpHが測定しにくい場合があったので、日本薬局方 精製水を少量加えて柔らかくしてからの測定も行いました。
表1に、便のpHを測定した日、測定した時間、排泄した便のブリストル便尺度、色及びpHを示しました。
ちなみに、排泄するたびに測定したわけではなくて、比較的出したてほやほやのタイミングで測定できるときに実験しました。
朝に便が出ることが多いですが、真夜中にたくさん出ることもあります。



参考までに、6月12日に測定したpH6.0の尿とpH7.0の便のpH試験紙は、写真2です。



それから、わかりやすいように、便のTypeとpHの関係をグラフにしてみました(図2)。



下痢便のpHは酸性側に傾き、硬い便のpHはアルカリ性側に傾き、相関性があるのがよくわかります。
また、論文ではイレオストミーの便は酸性の傾向がある結果が得られています。(参考文献2)
今回の結果は、同一人物の便を用いた個体差のない実験であり、学術的に面白いのでは?
3. 種々のストーマ用品のpH



実験試料の調製は、水道水ではなく、日本薬局方 精製水(健栄製薬、Lot.P6H48、Exp.2020.4)を使いました。
ストーマパウダー
まず、ストーマパウダー(写真3)の1%水溶液を調製してpHを測定しました。
試料:
・ブラバパウダー[試供品]Lot.1907、Exp.不明(2年前にもらったのもので使用期限切れかも?)
・ストマヘッシブ プロテクティブ パウダー(バリケアパウダー)Lot.4K096、Exp.2017.10



ブラバパウダーはpH6.0~pH6.5(使用期限切れの可能性あり参考値)、バリケアパウダーはpH5.5の弱酸性(写真4)。
ということで、バリケアパウダーは皮膚pHに近い結果でした。
通常KenUは、装具交換時にストーマと面板との間にできる隙間にバリケアパウダーをふりかけて使用しています。
創傷被覆保護材
褥瘡治療にも使用される抗菌性創傷被覆保護材(写真5)の水溶液を調製してpHを測定しました。
試料:
・コンバテック アクアセルAg(ConvaTec AQUACEL Ag)Lot.3J00171、Exp.2015.09(使用期限切れ)






今回測定したアクアセルAgは、使用期限切れだったので参考値ですが、pH5.5の弱酸性でした(写真6)。
このサンプルは、ストーマ造設術後の入院中に、不良肉芽の影響で面板の下に水溶便が漏れやすかったので、WOCナースさんがストーマ周囲に巻いてくれていたものの残りです。
そのときに、ストマ周囲の皮膚がびらんになりそうなとき、びらんになってしまったときには、この抗菌性を有するAg(銀)含有の創傷被覆保護材での処置方法は適切かつ効果的なのだろうなと思いました。
ストーマ装具面板(皮膚保護材)
ストーマ装具皮膚保護材の水溶性成分を精製水で溶かした溶解液のpHも測定してみました。
試料:
・ホリスター ニューイメージ FWFテープ付き(14203)Lot.5K252、Exp.2020.11
・ダンサック ノバ1 フォールドアップ(824-15/10)Lot.5E285、Exp.2020.04



面板がわずかに浸る程度に精製水を入れて溶かしました(写真7)。



ニューイメージFWFもノバ1も、同じpH5.5でした(写真8)。
ブラバパウダーとも同じpHで、皮膚に近い弱酸性を維持するためということがわかります。
消臭潤滑剤
ストーマパウチの中に入れる消臭潤滑剤(写真3)そのままのpHを測定しました。
試料:
・コロプラスト デオールLot.C601、Exp.2019.02
・ホリスター アダプトLot.4H272、Exp.2016.08



デオールは大腸粘液と同じpH9.0で((参考文献3)←参照リンク)、アダプトはpH7.0(中性)でした(写真9)。
どちらの製品も、面板の粘着面やフランジに付かないようにすることが、使用上の注意に書いてあります。弱酸性ではないから?
ストーマに付くのは問題ないのでしょうね。
洗浄料(ボディーソープなど)
ボディーソープなどいろいろな洗浄剤(写真10, 写真11)のpHを測ってみました。
試料:
・メルサボン 薬用ハンドウォッシュ(ホイップタイプ) フローラルハーブの香り
・ハビナース 清拭料(泡タイプ)
・コロプラスト ベッドサイドケア(Bedside-Care®No-rinse body wash, shampoo and incontinence cleanser)Lot.4713734、Exp.2017.07(国内未発売、輸入品)
・ダヴ リッチケア ボディウォッシュ シアバター&バニラ
・アルケア リモイスクレンズ






なお、比較のため水道水も測定したところpH6.5~pH7.0を示し、KenUが居住している市で公表している原水水質試験(検査) 結果とほぼ同じだったので、このpH試験紙で正しく測定できていると思います(写真12)。






ハンドウォッシュはpH8.0の弱アルカリ性でした。KenUはこれで、ストマやストマ周囲皮膚を洗浄することはありません。
ハビナースの清拭料はpH5.5の弱酸性でした。装具交換時のストマとストマ周囲皮膚の洗浄にしています。
ベッドサイドケアはpH6.5~pH7.0、リッチケア ボディーウォッシュはpH7.0付近で、どちらもほぼ中性でした。これらでストマを洗うことはありませんが、ストマ周囲皮膚を洗うことはあります。
リモイスクレンズは、pH5.5の弱酸性でした(写真13)。サンプルをいただいて、試しにストーマ周囲皮膚を洗浄してみただけで、あまりにもオイリーなのに戸惑い、そのときには結局、ハビナースの清拭料でストーマごと洗い直し、さらに周囲皮膚をリッチケアで洗い直してしまいました。
リモイスクレンズは、一応、皮膚pHと同じ弱酸性に製品設計されているのでしょう。
4. ストーマスキントラブル(ストーマ周囲皮膚炎)について
一部のサイトに、下痢便はアルカリ性で消化酵素(たんぱく質分解酵素)を含むから皮膚を溶かして皮膚炎になるようなことが書かれていますが、間違いということが明らかになりました。
実験結果のとおり、下痢便のpHは弱酸性です。
また、アルカリ性と消化酵素が原因であるならば、皮膚炎どころでは済まず、あっという間に潰瘍になると考えられます。
一方、大腸粘液はpH8.5~pH9の弱アリカリ性です(参考文献3)。
しかし、大腸であるストーマの粘液は常に皮膚に触れている訳ですが、皮膚炎は生じません。
また、膵液由来のたんぱく質分解酵素(トリプシン、キモトリプシン)は、大腸ではほとんどが失活していると考えられること、またそれら酵素が活性を示す至適pHはアルカリ性であることから、酸性の下痢便で皮膚角質を溶かすことは考えにくいです。
ストーマスキントラブルの原因は、下痢便で皮膚浸軟が生じ、皮膚のバリアー機能が低下し、また、細菌が作り出す至適pHが酸性の脂質分解酵素(リパーゼ)により皮脂膜の構造破壊が生じ、皮膚のバリアー機能が低下することも合わせて、便中の細菌性刺激物質、有機酸、その他有害物質が皮膚に刺激を及ぼします。
それから、一部のサイトに、排泄物に含まれる酵素が皮膚の中に入って組織を壊して発赤するという記述もありますが、それも違う思われます。
経皮吸収製剤技術の理論で、皮膚を透過する物質は、マセレーションしても低分子量(数百以下)かつ親油性(疎水性)、ということが分かっています。
いくら浸潤によって皮膚バリアーが低下しているとはいえ、親水性で分子量20,000以上もあるトリプシン、キモトリプシン、リパーゼなどが皮膚内に入り込むことはあり得ないでしょう。
参考までに、おむつかぶれにの原因、メカニズムついて書いてみます・・・
おむつには、便(弱酸性)だけでなく、尿(弱酸性)も排泄されます。
そして、便中ウレアーゼ産生腸内細菌により尿中の尿素がウレアーゼという酵素で分解されてアンモニアができてアルカリ性になり、至適pHがアルカリ性の便中残存消化酵素が再活性化されて、たんぱく質からなる皮膚角質外表層を分解します。(参考文献4)
一方、ストーマの便に関しては、尿が混ざることはないので、酸性の下痢便がストーマパウチ内でアルカリ性になることはありません。
トリプシンの至適pH域はpH8~pH9の弱アルカリ性、至適温度は体温(直腸温:37℃)なので(参考文献5)、ストーマパウチ内はどちらかというと室温に近く、皮膚表面温度は32℃と体温より低めで、便は弱酸性ということから、消化酵素は活性化されません。
そのうえ、下痢をすること自体の原因が、消化酵素の働きが悪く、たんぱく質をアミノ酸レベルにまで分解しきれないため、ということも酵素活性がかなり失われていることを説明する根拠です。
だから、おむつかぶれとストーマスキントラブルとでは、発生メカニズムが違うんですね。
ストーマスキントラブルについて「pHが・・・」とか「消化酵素が・・・」とか言ってしまうと、どうにも対処のしようがなく、また本質的な原因が見えなくなってしまい、正しい説明と正しいケアができなくなってしまうので注意が必要だと思います。
5. 余談
実は、尿と便を混ぜると、時間経過でpHがどのように変化するのかも実験しています。
自分のうんちとはいえ、こねくり回すのは気持ち悪かったなぁ。
結果は・・・衝撃的で、公表すると炎上しそうなので教えないことにします。
真夜中に便が出て、ストーマパウチの処理をしているうちに、目が冴えてきます。
そして、寝不足になって、日中の仕事中に眠たいの何の。
排便が不規則になると、生活リズムが狂います。
眠くて我慢できずに20:00頃に寝てしまうと、3:00前には目が覚めるし。
こういったところが、オストメイトであるKenUの悩みの一つでもあります。
今回の実験で悩んだのが、便の色の表現。
ネットでカラーチャートとかWeb色見本とかを見てみたけど、ピンとくるのが見つからなかったんです。
現物は、ツヤがあって、鮮やかな色だから。
ミルクチョコレート色とかビターチョコレート色とか結構近いイメージの色もあったけど、多分、それを言われても各個人でイメージする色が違いますよね?
明治のアーモンドチョコレート色とか特定してしまえば分かりやすけど、自分自身が、どのチョコがどんな色をしていたかなんて覚えてないし。
というわけで、実験結果の便の色は、適当にそれっぽい色だったと理解してください。
今回の記事に対する、専門家の方からの反論とか、持論とかお待ちしております。
その際には、必ずソース(文献・論文)を示してくださいね。
6. 参考文献
1)神山 剛一, 『脊損ヘルスケア・基礎編』 第6章 直腸機能障害, NPO法人日本せきずい基金 2005年刊
2)N. MADANAGOPALAN, S. ARUMUGAN NADAR, AND R. SUBRAMANIAM, Variation in the pH of faeces in disease, Gut, 1970, 11, 355-357
3)KenU, 「夾雑物のない純粋な大腸粘液のpHを測定してみた。」, IKINARI LARC blog, https://goo.gl/On75sJ (May 26, 2016)
4) Irritant diaper dermatitis, From Wikipedia, the free encyclopedia, https://en.wikipedia.org/
5)Trypsin, From Wikipedia, the free encyclopedia, https://en.wikipedia.org/
☆
************** 関連記事 **************
ブログメニュー(タブ)に、人工肛門関連記事の一覧ページのリンクあります。