以前書いた記事、
『負担増は想像以下?高額療養費制度の限度額引き上げをシミュレーションして備えよう!』
『直腸がん治療の医療費と保険金・給付金の実例|高額療養費制度で自己負担はいくら?』
では、高額療養費制度の政府案が示す標準報酬月額の年収換算が的外れであることを指摘しました。
今回はさらに掘り下げて、
政府(厚生労働省)はどのような働き方を想定して、この年収換算をしたのか?
どんな報酬体系であれば、政府が例示する年収に一致するのか?
独自にシミュレーションしました。
高額療養費制度の自己負担限度額の区分の決定は、年収ではなく、標準報酬月額を基準にして行われます。
にもかかわらず、なぜか政府は標準報酬月額の「年収換算」を併記しています。
しかし、この年収例が、国民の正しい理解を妨げています。
標準報酬月額の決め方
標準報酬月額(以下、一部を「標報」と略す)について、日本年金機構、税理士、社会保険労務士などのホームページから、簡単に整理しておきます。
- 4月、5月、6月の3か月の報酬を平均して算出(総報酬 ÷ 3 )
- この平均に対して、標準報酬月額表により、9月から翌年8月までの標報を決定(健康保険では50等級、厚生年金保険では32等級)
- 標報の対象となる報酬は、基本給(月給、週給、日給など)、役職手当、家族手当、通勤手当、勤務地手当など
- 賞与については、年3回以下の賞与は標報(定時改定)には含まれない(別に標準賞与額の対象)
- 賞与が年4回以上支給される場合には標報の対象
標報28万円に対する年収シミュレーション
2025年1月 (和7年) に政府により発表された「高額療養費制度の見直しについて」では、「標準報酬月額 28万円 ~ 50万円」を「年収 約370万円 ~ 約770万円」としています。
この年収換算は、どのような計算に基づいているのか?
まず、正社員・正職員を想定して、標報28万円のときに年収 約370万円になる条件をシミュレーションしました。
通勤手当が 0 ~ 12,000円、残業(時間外労働)が 0 ~ 60時間の場合から逆算して、標報が28万円になる基本給を算出しました。
また、基本給から、年間の夏と冬のボーナスの合計支給月数が2か月 (夏1冬1 )~4か月 (夏2冬2 )の場合の支給額を求めて年収を算出しました。
その結果を下表に示します。
表中の朱色に塗りつぶした部分は、年収が約370万円になるレンジで、比較的低賃金な基本給、年間賞与が2か月、月の残業時間が60時間といった労働条件になります。
それ以外のモデルケースでは、年収は370万円よりも多くなります。
結論として、標報28万円で年収 約370万円という政府の例示は、想定としてはかなり無理があります。
なぜならば、基本給は高校卒の初任給以下(※1)、残業は特別条項付き36協定が必要なレベル、しかも年間賞与は最低レベルという(※2, ※3)、いわゆる ” ブラック ” に近い労働条件を前提としなければ当てはまりません。
※1:2024年の初任給の水準は、高校卒19万1455円、短大卒20万3873円、大学卒23万1127円、大学院卒修士25万449円。
出典:労務行政研究所『2024年度 決定初任給の最終結果』より
※2:国家公務員の2024年の年間賞与は4.42か月(夏2.21冬2.21)
出典:内閣官房内閣人事局 報道資料より
・令和6年6月期の期末・勤勉手当を国家公務員に支給
・令和6年12月期の期末・勤勉手当を国家公務員に支給
※3:2024年、正社員・正職員計、男女計、学歴計、企業規模計(10人以上)、20~59歳の平均年間賞与は2.8か月。
出典:e-Stat 令和6年賃金構造基本統計調査、一般労働者より、データをKenUが集計
標報50万円に対する年収シミュレーション
次に、正社員・正職員を想定して、標報が50万円で年収 約770万円になる条件をシミュレーションしました。
通勤手当と残業の条件は前項と同じ。
ただし、中堅クラス以上の賞与評価は上がることが一般的と考えられるので、ボーナスは4か月 (夏2冬2 )~6か月 (夏3冬3 )として年収を算出しました。
その結果を下の表に示します。
表中の朱色に塗りつぶした部分は、年収が約770万円になるレンジで、残業は比較的少なめで、年間賞与が4か月程度の労働条件になります。
水色に塗りつぶした部分は、年収が780万円を超えるレンジで、塗りつぶしのない部分は、年収が770万円を下回るレンジです。
結論として、標報50万円で年収 約770万円という政府の例示は、年収換算として低すぎます。
そして、770万円が区分の上限のように見えてしまうことは問題です。
本シミュレーションでは、年収900万円になるケースもあります。
非正規雇用で賞与なしの場合
次に、正社員・正職員以外の非正規雇用の場合を考えます。
派遣社員や契約社員などで賞与がない(0か月)場合、標準報酬月額の対象になる報酬しかないということになり、年収はほぼ ” 標準報酬月額 × 12か月 ” になります。
下の表に、標準報酬月額が28万円、50万円で、賞与がない場合のシミュレーションを示します。
それぞれの年収は、336万円と 600万円になります。
まとめ
高額療養費制度の区分表示では、基本的に標準報酬月額だけを記載するのが適切です。
実際、協会けんぽでも自己負担限度額の所得区分は「③ 区分ウ(標準報酬月額28万〜50万円の方)」のように表示されており、年収の併記はありません。
では、政府はなぜ、わざわざ適切とは言えない「年収」を併記しているのでしょうか?
おそらく、国民に分かりやすく示したいという配慮からだと思われますが、むしろそれが、制度に対する誤解のもとになっているように思います。
雇用形態や賞与額によって、標準報酬月額に対する年収は大きく変わります。
標準報酬月額が28万〜50万円でも、非正規雇用などで賞与がゼロなら年収は約340万〜600万円。
一方で、正社員で賞与が多ければ900万円に達するケースもあります。
つまり、政府が示す「年収 約370万円〜770万円」という目安には大きなズレがあり、実態を正しく反映していません。
したがって、政府の示す「換算年収」で高額療養費制度の区分を判断しようとすると、実際よりも高い自己負担限度額の区分に当てはまってしまうケースや、逆に実際よりも低い自己負担限度額の区分に当てはまってしまうケースが生じます。
今後、政府は、換算年収の併記をやめ、制度本来の基準である標準報酬月額のみの表示に改めるべきでしょう。
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