2023年9月16日~17日にかけて販売された駅弁で、全国で500人以上が食中毒と確認された、広範囲かつ大規模な事故。
製造販売した吉田屋は9月17日に営業自粛。
9月23日に営業禁止処分になり、11月4日(42日後)に営業禁止処分が解除されました。
そこで今回、吉田屋について、報道からは読み解けない実態にメスを入れ、峠の釜めしの荻野屋とも対比してみたいと思います。
なお、死亡者が一人も出なかったことは救いです。
1. 吉田屋駅弁食中毒事故の概要
まずは、吉田屋ホームページ上で公開されている報告および報道発表資料をもとに、食中毒事故の概要を整理しました。
◆ 報道発表資料リンク → 八戸市ホームページ『市内で製造された弁当による食中毒発生にかかる営業禁止処分の解除について』
1.1 食中毒の発生とその原因等について
食中毒事故の概要は次のとおりです。
- 2023年9月16日販売分、同月17日販売分の一部の商品において、健康被害をともなう食品事故を引き起こした
- 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)のエンテロトキシンAおよびセレウス菌(Bacillus cereus)のエンテロトキシン産生といった毒素が食中毒の原因物質であることが判明
- 食中毒と断定された人数は、554人(11月3日現在)
- 発生地域は、1都1府1道26県(11月3日現在)
- 発生した弁当は、21種類(※)(9月28日現在)
※ 参照リンク → 令和5年9月29日 報道発表資料_2 (PDFファイル: 605.8KB)「患者が喫食した弁当の主なもの」
1.2 保健所の発表にかかる「推定される主な原因」について
八戸市保健所及び関係自治体の調査等から食中毒の原因が推定され、2023年10月16日に発表がありました。
「推定される主な原因」は次の引用のとおりです。
【製造施設内】
・委託製造した米飯について、検収手順及び受入れ基準を定めていなかったことから、注文時の指示書より高い温度の米飯を受け入れ、米飯冷却までに原因菌が増殖した可能性がある。
・委託製造した米飯が配送された外箱(発砲スチロール製)について、殺菌等の措置をせずに、盛り付け室に搬入したことから、米飯、具材等に原因菌が付着した可能性がある。
・自社炊飯分の米飯冷却に加え、予定にない、委託製造した米飯の移し替えや冷却が同時に行われたが、その製造記録が残されておらず、手指の消毒、手袋交換等のタイミングや方法が適切に行われず、原因菌が付着した可能性がある。
・臨時従業員に対して衛生教育や体調・手指の傷等健康状態の確認を行ったが、これらの記録が残されておらず、通常当該施設で実施されている衛生的な取扱いや健康管理が徹底されず、原因菌が付着した可能性がある。
引用:令和5年10月6日 報道発表資料(PDFファイル:116.0KB)『市内で製造された弁当による食中毒の原因について』より
【その他】
・回収について、当該営業者からの連絡が一部の販売店まで届かず、16 日製造分の一部が販売され、食中毒患者が確認された。回収に関する連絡が確実に販売店まで届くよう、予め定めていなかった。
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2. 本件に関する筆者による考察
以下、食中毒事故について考察します。
2.1 八戸市保健所の怠慢?
今から2年6か月前の令和3年06月01日に、HACCP(ハサップ)が制度化された改正食品衛生法が完全施行されました。
しかし、今回の事故の「推定される主な原因」を読むと、 ” HACCPに沿った衛生管理 ” はどうなっていたのか?疑問が湧いてきます。
そもそも、法改正に伴って事業者が新たに届け出を行い、保健所が立入等で事業者が作成した「衛生管理計画書」を確認し、必要であれば指導しなければならないはず。
それなのに八戸市保健所は、吉田屋がHACCPに沿った衛生管理をしていなかったことが原因のような内容の発表をしています。
裏を返せば、八戸市保健所による指導を怠っていたと自白するようなものではないでしょうか?
2.2 おざなりなHACCP?
食品事業者は、コーデックス委員会が策定した、次に示すHACCP7原則に基づき衛生管理に取り組まなければなりません。
- 危害要因分析の実施(ハザード)
- 重要管理点(CCP)の決定
- 管理基準(CL)の設定
- モニタリング方法の設定
- 改善措置の設定
- 検証方法の設定
- 記録と保存方法の設定
八戸市保健所による原因調査結果によれば、吉田屋は次に示すHACCPにおいて実施すべきことをやっていなかったことになります。
- 「一般的な衛生管理」及び「HACCPに沿った衛生管理」に関する基準に基づき衛生管理計画を作成し、従業員に周知徹底を図る
- 必要に応じて、清掃・洗浄・消毒や食品の取扱い等について具体的な方法を定めた手順書を作成する
- 衛生管理の実施状況を記録し、保存する
- 衛生管理計画及び手順書の効果を定期的に(及び工程に変更が生じた際等に)検証し(振り返り)、必要に応じて内容を見直す
つまり、製造上のたんなる不注意ではなく、食品衛生法施行規則 第六十六条の二 第一項第三号からの逸脱です。
FDA(米国食品医薬品局)のcGMP(Current Good Manufacturing Practice)には、「If it’s not documented, it didn’t happen」という表現があります。
つまり、記録がない場合は、それは行われなかった、と見なされます。
八戸市保健所は、記録がないにもかかわらず吉田屋が臨時従業員に対して教育、健康確認など行ったと認めています。
臨時従業員を招集してヒアリングをしたのでしょうか?
2.3 改善内容が根本的解決になっているか?
「推定される主な原因」に対する、吉田屋の改善報告書の記載内容は次の引用とおりです。
・委託製造した米飯の受入れ手順、検収項目を新たに定め、受入れ時に基準を満たしていない場合の対応を定めた。
・委託製造した米飯の納入、受入れ、移し替え等に関する手順を作成した。
・米飯を含む全ての食材について、盛り付け室に搬入する際は外箱を殺菌し、衛生的な自社専用容器に移し替えて使用することとした。
・基準を満たしていない場合の対応手順を定めた。
・イレギュラー発生時においても手袋交換等の衛生管理を確実に実施できるよう、作業時間中の確認・指導を行う輪番制の担当を新たに設置した。
・過剰な受注を防止するための手順を定め、可能な限りイレギュラーが発生しない体制とした。
・臨時従業員を含む全従業員に対する検査を実施し、結果を踏まえた人員配置をすることとした。
・臨時従業員に対する衛生指導の内容を充実し、指導内容の記録を残すこととした。
・臨時従業員も他の従業員と同様、日々の健康管理を記録に残すこととした。
・回収手順を見直し、製造前に各商社及び各販売店までの連絡網を作成し、休日についても確実に連絡が取れるようにした
引用:令和5年11月4日 報道発表資料_1(PDFファイル:139.0KB)(別紙1)『市内で製造された弁当による食中毒にかかる行政処分の解除について』2項 主な改善内容 より
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改善内容を読むと、いまさらという内容ばかりです。
吉田屋も八戸市保健所の職員も、事故発生以前に次に示すコーデックスのガイドラインを読んでいたのか?疑問が湧いてきます。
◆ 食品衛生の一般原則(GENERAL PRINCIPLES OF FOOD HYGIENE(CXC1-1969)/HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)システムとその適用のためのガイドライン (英文)(PDF形式)
改善報告書については具体的でない記載がほとんどで、再発防止できているのか不安になります。
医薬品GMPに係わるPMDA査察の指摘事項ならば、このような改善内容の記載では照会事項をくらって突き返されるところです。
地方の市保健所が相手なので、この程度の内容で許容されたのかもしれませんが、吉田屋は原因をさらに深堀して、明確に具体化した根本的な対策を打っていくべきでしょう。
なぜなぜ分析(5Why Analysis)が有効なので、是非とも取り組んで、今後のさらなる改善につなげていくと良いと思います。
2.4 吉田屋会見の内容について
10月20日午前10時から、吉田屋社長による会見が行われました。
質疑応答を含めて概要をピックアップすると次のとおりです。
なお、かっこ()内の文字は、報道各社の取材内容などから、会見における言葉足らずの部分を筆者が補足しました。
- 岩手県の委託業者へのご飯の発注時に温度指定(30℃以下)をしていた(が守られていなかった)
- 納入時に温度を測定をせず、そのまま保管した
- お弁当への盛り付け時にご飯の温度が高い(50℃程度)ことに気付いた
- 独自判断でご飯を(自社の冷却装置で)冷却して使用した
- 外注したご飯に端を発し、不適切な温度管理をしたことが(細菌を繁殖させ)食中毒を発生させた大きな要因
- 経営者自身、慢心と油断があった
- 口の中に入るものを製造している自覚が足りなかった
- 保健所とともに再発を防止するシステムを構築する
- 一つ一つの(製造)工程を丁寧に確実に実行する
- 製造能力は5,000個/日が5ラインあり25,000個(白いご飯だけであれば)
- 実際には、酢飯、茶飯等の工程切り替えがある(ので25,000個は無理)
- 売上を重視し、18,000個×2日を受注し、(製造)現場の人員に無理をさせた
- 今後は(最大)製造数を15,000個までに制限する
- 外部のご飯は二度と使わない
「油断した」、「自覚が不足」なども原因の一つと捉えているのであれば、それらについても、しっかりと吉田屋内部でなぜなぜ分析をしてみて欲しいと感じます。
突っ込みどころはいろいろあります。
その一つとして、改善報告書には委託製造した際の内容を盛り込んでいるにもかかわらず、会見では「外部のご飯は使わない」と断言したことには矛盾を感じました。
医薬品GMPの外部委託業者の管理のように、リスクマネジメントに基づいた、委託業者の選定、取り決め、監査などの手順を決めて実行すれば、外部委託をやめることはないのではないでしょうか?
なので、改善報告書では、外部委託業者の管理に関する事項が抜けていると感じます。
回収に関しては、医薬品の場合、双方の連絡責任者を取り決めたり、回収手順を定め定期的に回収シミュレーションを行ったりするので、吉田屋は参考にされたらよいと感じます。
3. 吉田屋と荻野屋の比較
以下に、吉田屋と同じく明治創業、鉄道の開通による弁当販売が出発点となった、峠の釜めしで知られる荻野屋を取り上げて、ホームページの内容を表にまとめて比較していきます。
3.1 会社概要
吉田屋は東北本線開通の翌年から尻内駅(現・八戸駅)構内で駅弁販売を開始。
荻野屋は信越本線、高崎~横川間開通とともに横川駅構内での駅弁販売を開始。
両社、似通った沿革があります。
中小企業庁による中小企業の定義によれば、どちらも製造小売業に該当し、中小企業以上の規模ということになります。
名称 | 株式会社吉田屋 | 株式会社荻野屋 |
設立・創業 | 設立:明治25年(1892年) | 創業:明治18年10月15日 |
従業員数 | 81名(2022年7月) | 340名 |
事業内容 | 駅弁製造・販売 催事企画・商品供給 仕出し・注文弁当 | 各種弁当料理、麺類製造販売 駅構内営業(売店) 飲食事業部(ドライブイン・レストラン等) 石油類の販売 医薬品の販売 |
本社所在地 | 青森県八戸市 | 群馬県安中市 |
ホームページ | リンク | リンク |
3.2 経営理念
吉田屋と荻野屋とでは、経営理念に、経営者の食の安全に対するメッセージ性の強さの違いが感じられます。
吉田屋 | 荻野屋 |
・食を通じての笑顔づくり ・常に「食」を探求し続ける ・世に、地域に、必要な企業であり続ける | お客様に対する、当たり前であり、最大の礼儀、それは「安全・安心」な「食」をお届けすること。 |
3.3 品質管理
荻野屋は、HACCPに取り組んでいることがわかりますし、食の安全を最優先に考えていることが伺えます。
吉田屋 | 荻野屋 |
・「7S」活動を徹底 ・厳しい温度管理で品質保持 | ・HACCPによる見直し以前から脈々と引き継がれる、徹底した衛生管理 ・販売の場にも「安全・安心」を ・こだわりの工場 ・群馬県食品自主衛生管理認証を取得 |
吉田屋の「7S活動を徹底」「厳しい温度管理」は、今回の事故から虚偽だったことになります。
外注したご飯が温度管理から逸脱していることに気が付いた時点で、ご飯を廃棄するべきでした。
温度管理を逸脱したご飯を使ったことは、食品衛生責任者の判断だったのか?、判断の権限が委譲されていなかったのか?、社長自身が指示したのか?、報道や会見からは不明です。
3.4 筆者の意見
筆者は吉田屋に対して、改善報告書の内容の実行だけでなく、食品製造業としての在り方、意識改革など、大幅な見直しの必要性を感じました。
今後は、自信をもって安全だと言い切れるお弁当だけをお客様に提供し、信頼を回復し、是非とも立ち直ってほしいと思います。
4. 補足
吉田屋の対比に荻野屋を取り上げたことについて、誤解を生じないように補足します。
筆者は、学生時代からスキーを趣味としていました。
そして、信州のスキー場に訪れるときには、” 峠の釜めし ”の売店に立ち寄っていたので、昔から荻野屋のことは知っていました。
筆者が知っている駅弁の老舗が荻野屋しかなかったので、取り上げてみました。
それだけの理由です。
荻野屋を宣伝する意図はありませんし、景品表示法のステルスマーケッティング規制に該当する関係も全くありません。
5. 余談
吉田屋は、従業員が数十名の、規模的には大きいとは言えない、青森という地方の会社。
食品を製造していくうえで必要なスキルを有する人材の確保に苦労しているのではないでしょうか?
スキルとしては、HACCPを自ら学習し理解できる、品質システムを構築できる、わかりやすい手順書を作れる、細菌、防虫防鼠などの衛生に係わる知識を有する、リスクマネジメントプロセスを活用できる、などなど。
吉田屋の弁当は、多種の生もの・海鮮食材を扱い、加熱できないこともあり、安全確保のハードルは高くなります。
そのような意味では、筆者は吉田屋をリスペクトします。
なので、吉田屋に同情してはいけないのかも知れませんが、食中毒患者を出してしまったことについては複雑な気持ちです。
これからの信頼回復にあたっては、ますます経営も厳しくなるでしょうし。
食品だけでなく医療機器や医薬品でもそうですが、海外の管理手法が取り入れられて、法改正が繰り返されて、しだいに規制が厳しくなっていって、キャッチアップするのも四苦八苦。
だからといって健康被害を出しちゃいけないんで、ほんと、少ない人数で対応しなければならない会社の社員はたいへんです。
吉田屋は、コンサルタントや新たな人材の採用などを考えていかないといけないかも知れませんね。
***** 筆者:KenU *****
◆業務経歴(専門分野)/研究開発R&D業務(医薬品、機能性食品、医療関連製品、バイオテクノロジー関連製品など)、医薬品・医療機器に関する品質保証業務(GMP責任者としてPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の査察対応など)
◆1962年東京都板橋区生まれ、2022年10月末に会社を定年退職し、現在無職
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