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さて、 ” 10Bar,10気圧防水(Water Resistant 100m)時計で水泳できる?”という記事の中で、「10気圧防水腕時計は何メートルまで潜れるの? という質問は意味がありません。」と書きました。
しかし、”10気圧防水腕時計を水深100mの水中にドボンと沈めると浸水して壊れる” とか ”ゆっくり沈めて10気圧” などと、よく意味が分からないことを書いているサイトもあり、きちんと自分で調べて考えてみる事にしました。
そして、ドボンと沈めようが、ゆっくり沈めようが、潜水艦にくくりつけて早く沈めようが、10気圧防水時計の防水性にはほとんど関係がない、ということを科学的に説明したいと思います。
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10気圧というのはおよそ水深100mの水圧に相当するというのは良いですよね?
細かい説明は面倒なので、JIS B7021:2013 付属書A(A.2物理学の概念)を読んで下さい。
淡水と海水、極と赤道における重力加速度の違いはあるが・・・±2%に収まるので・・・と説明されています。
水深100mでは実際には大気圧(1気圧)が加わって11気圧の絶対圧がかかるので、10気圧防水腕時計の耐圧水深は大気圧分を引いた90mと思われそうですが、防水規格試験はゲージ圧(大気中での無加圧時の圧力計のメモリがゼロを示す)で行われ、「浸水の深さに比例して水によって加わる圧力(加圧力)で明示する。」ということから、10気圧防水腕時計の耐圧水深は100mになります。
静止している水の水圧は、
P=ρgh (※ρ:水の密度、g:重力加速度、h:水深)
で求める事ができます。
そして、水深と加圧力の関係を計算して表にしてみました。
※海水の密度は、温度、塩分、圧力によって変化しますが、ここでは密度一定として計算しました。→参照リンク http://www.littlewaves.info/marine/wq_density.htm
はいっ、真水と海水で若干の違いはありますが、水深100mはほぼ10気圧です。
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次に、100mまでドボンと海中に沈めた時の腕時計にかかる動圧を計算してみます。
腕時計を海にドボンと沈めても、沈んでいく速度は一定になります。
これを終末沈降速度といいます。
で、その速度を計算します。
計算の便宜上、KenUの10気圧防水時計(重量145g、体積32cm3 ※1)を球体とみなします。
※1 : 計量カップに水を入れて、時計を沈めた時に増えた目盛りで測定。
腕時計の重量と体積から、球体とみなした際の直径と密度を計算します。
直径(d)=(32/4*3/π)^(1/3)*2/100=0.0394[m]
密度(Ps)=145/32*1000=4531[kg/m3]
その他、計算に必要なパラメータとして、
海水の密度(Pf)=1027[kg/m3](※温度は10℃を想定→気象庁HPリンク)
重力加速度(g)=9.80665[m/s2]
レイノルズ数500<Re<10^5の場合のCd値=0.44
を使います。
終末速度は、
v=√4/3Cd*((Ps-Pf)g/Pf)*d
で計算され、
KenUの腕時計を海にドボンと沈めると、毎秒2.0mの速度、つまり時速7.2kmの速度で沈んで行きます。
この沈降速度から、腕時計にかかる動圧(Pv)を計算すると、
Pv=1/2*1027*2.0^2=2051Pa(パスカル)、気圧に換算すると0.025atm(約0.03気圧)。
さらに、日本南方海域の海流(気象庁HPより)は早いところで3ノット程度(1ノットは約1.8km/h)なので、海流によってかかる動圧は、
Pv=1/2*1027*(3*1800/3600)^2=1155Pa、気圧に換算すると0.011atm(約0.01気圧)。
ということで、腕時計をドボンと海中に入れ、海中でゆらゆらしながら沈んで行って水深100m地点でかかる水圧は、沈降の動圧+海流の動圧=0.04気圧が加わってもほとんどかわらないということになります。
ちなみに、動圧が10気圧になる速度を逆算すると、時速158.9Kmです。
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では、潜水艦の速度はどれくらいなのでしょうか?
アルファ型原子力潜水艦の最高速力は、水上14kt(26km/h)、水中43kt(80km/h)です(Wikipediaより)。
じゃあ、時速80kmで沈降した場合の動圧は・・・
Pv=1/2*1027*22.2^2=253580Pa、気圧に換算すると2.5atm(約2.5気圧)。
さすがにこの速度で100mまで潜ったら12.5気圧になるので、10気圧防水時計の耐水圧を超えます。
でも、時速80kmで水深75mまで潜っても10気圧です。
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ついでに、製造上の性能規格と設計上の性能規格について考えてみました。
どんな製品でも製造するときには、必ず品質ばらつきが生じます。 下に図を示しました。
例えば、設計性能規格を10気圧防水としてそのまま製造したとすると、製造ばらつきがあるので図中青線のように、製造した半数もの製品が10気圧防水性能を満足しない不良品になってしまいます。
なので、製造ばらつきが生じてもほとんど全ての製品が規格を満足するように、設計上の性能規格は高めに設定されます。例えば、図中赤線のように設計上の規格性能は11気圧防水だけど、製造上の性能規格は10気圧防水なので、販売する時は”10気圧防水”とする訳です。
また、製造上の品質ばらつきを抑える能力(工程能力)は、部品のばらつき、製造装置のばらつき、作業者のばらつき等いろいろな要因より決まってくるので、ばらつきの大きさは製品毎やメーカー毎で様々です。
工程能力が低い場合には、図中灰色線のように設計上の性能規格をもっと上げる必要があるでしょう。
ですから、10気圧防水腕時計でも、実際には12気圧防水性能があるのかも知れません。
また、本当は20気圧防水時計を設計したつもりが、製造ばらつきで19気圧防水性能しか出せなかったので、仕方が無く”10気圧防水”として販売している物もあるかも知れません。
よって、10気圧防水腕時計は表示規格の性能よりもかなり余裕をもって設計製造されているのは間違い無いと思うので、「10気圧防水腕時計を水深100mの水中にドボンと沈めると浸水する」ようなことは無いと考えられます。
ちなみに、10気圧防水腕時計のJIS規格試験は、1分以内で10barまで加圧して10分間保持した後、1分以内に大気圧まで戻します。ドボンと沈めた場合には、先の計算から、100mまで約36秒で沈みます。
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ということで、”10気圧防水腕時計は最低100mまで最低10分間潜れる”という結論に達しました。
※時計は潜れても、人は素もぐりでそんなに深く潜れませんからね。
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じゃあ、10気圧防水(Warer Resistant 100m)じゃなくて、ダイバーズウォッチの100m潜水防水(Diver’s 100m)腕時計だったら?
ダイバーズウォッチのJIS規格試験は、1分以内で1.25倍の圧力(100m潜水防水の場合は12.5bar)まで加圧して1時間保持した後、1分以内に0.3barまで戻します。
ですから、”100m潜水防水腕時計は最低125mまで最低1時間潜れる”という結論になるでしょう。
※時計は潜れても、人はスクーバダイビングでそんなに深く潜れませんからね。
いつも危険と隣り合わせ、潜水士が挑む海中の世界 ←朝日新聞DIGITALより
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ここで、別の考え方もしてみます。
日本時計協会とその会員時計メーカーは、保障上の観点からダイバーズウォッチ(潜水用防水腕時計)は「表示されている水深(例:100m)までの耐圧性と長時間の水中使用に耐える防水性を備えています。」と説明しています。
先ほども説明しましたが、ダイバーズウォッチは表示mの1.25倍の圧力で1時間の防水テストを行うと。
これを10気圧防水に当てはめて逆算すると【100m÷1.25=80m】となり、理屈上は「10気圧防水は、80mまでの素潜りでの水中使用に耐える防水性」ということになります。
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