【直腸がん手術】肛門を残す(ISR・低位前方切除術)と永久人工肛門(APR)とでは人生が違ってくる

投稿日:

直腸がんになって、 ” 人工肛門 ” という言葉を知って、はじめから人工肛門を完全否定していませんか?
人工肛門は ” 悪 ”で 、肛門を残す治療こそ ” 善 ” だと、単純なイメージだけで決めつけていませんか?
確かに、人工肛門になるのはおぞましい、悲しいと思うのはもっともです。
しかし、詳しいことも知らずに、誤った選択をしてしまうのは、もっと悲しいことです。
ということで、これから直腸がんの治療を受ける方、自身の肛門を残したいと思っている方に向けて、永久人工肛門と肛門温存のメリット・デメリットについて、エビデンスに基づいて、私KenUの主観をお話しします。

肛門温存と永久人工肛門造設どちらを選択したらよいか。患者へ必要な説明とは。

今回は、わかりやすい、このようなサブタイトルをつけました。
そして、もっとも大切だと思う理由から順番に説明していきます。

理由その1、QOLが高い

私は、治療方針を選択する上で、QOL(Quality Of Life;生活の質)が一番重要かつ大切であると考えています。
永久人工肛門では、常に腹部にストーマ装具(人工肛門用装具)を装着していなければならないといったハンディキャップがあります。
しかし、それでも排便障害を伴う肛門温存よりは、QOLはかなり高いです。
術後1か月程度で、食事や生活上の制限はほぼなくなり、外出も普通にでき、車の運転も問題なくでき、職場復帰も可能です。
ただし、肛門を切除するのでお尻の痛みはしばらく続きます。
個人差はあると思いますが、半年も経てば痛みも治まり、運動もできるようになります。
私の場合、約6か月後には水泳を再開し 1) 、約1年後には大型自動二輪の運転免許取得のために自動車教習所に通い 2) 、約3年後にはグライダーで大空を舞いました 3)
もっと極端な例では、術後1週間なのにギター弾き語りライブを断行したミュージシャンがいました。
永久人工肛門の造設というのは、それほど自由に活動できるようになるものなのです。

一方、低位前方切除術、ISR(内肛門括約筋切除術)、ESR(外肛門括約筋切除術)などによる肛門温存では、いずれも直腸膨大部の除去による便貯留能の低下により、腸内容物の保持が困難になります 4)
つまり、ほとんどの人が排便機能障害を経験することになります。
排便に関する主な愁訴としては、排便回数の増加,便意促迫(便意を我慢できない),短時間に繰り返す排便,便失禁(便もれ),残便感,などがあります。
これらは、経時的に改善する方向に向かい、1 年から2 年でほぼプラトーに達します。
しかし、肛門機能や便失禁が劇的に改善することは少なく、5年経過後もほとんど改善しない人もいます。
ISR術後の10%以下の症例においては、高度な失禁を認めます 5)
そして、便失禁の不安から、生活活動に様々な自己的制限を加えるようになったり、行動様式に支障が生じるようになったりします。
さらに、再発率・生存率の問題もあります。

直腸がん治療による人工肛門造設後のストーマ装具装着と下着の写真

関連記事、参考文献・論文
1) ストーマでも水泳したい!装具のプール用防水&漏れ対策
2) ストーマでも、いきなり大型自動二輪免許とりました。
3) オストメイトがグライダーで飛行体験してみると・・・
4) 下村 晋 ら (久留米大学), 特集 主題II:直腸・肛門部疾患に対する各種肛門内手術後の排便機能障害, Ⅱ. 括約筋間直腸切除術(Intersphincteric resection)後の排便障害, 日本大腸肛門病会誌69:499-506(2016)
5) 伊藤 雅昭 ら (国立がんセンター東病院大腸外科) , 特集 主題II: 直腸・肛門部疾患に対する各種肛門内手術後の排便機能障害, Ⅰ. ISR 術後の排便機能, 日本大腸肛門病会誌69:489-498(2016)

理由その2、仕事に復帰しやすい

仕事は、生活をしていく上でとても大切です。
永久人工肛門では、活動に制限がないので、術前の職場に復帰し、これまでと同様に仕事を続けることができます。
つまり、これまでと同じ収入が得られ、安定した生活を送れます。
私の場合、手術前々日からちょうど2か月間のお休みをいただき、元の職場に復帰し、以前と変わらずに業務をこなしています。
業務中に排泄される便は、無意識のうちにストーマパウチに溜まるので、都合の良い時間にトイレに排出しに行きます 6)
そんな訳で、重要な会議の席で中座することはありません。
便意を感じないことは、むしろ健常者よりも都合が良かったりする場合もあります。

一方、肛門温存では、排便機能障害のために、業種、職種によっては、これまでの仕事が続けられなくなるかも知れません。
重要な会議中、接客中など、繰り返す便意で頻繁に中座したり、その場で便を漏らしてしまうことは、とても心苦しいことでしょう。
そのようなことから、退職や転職を余儀なくされることも想定されます。
そうなれば、収入が途絶えたり、収入が減少したりして、これまでどおりの生活が送れなくなることもあり得るでしょう。
とはいうものの、理解のある企業にお勤めの場合には、適当な部署へ配置転換してもらい、継続雇用してもらっているといった例はあります。

関連記事
6) 人工肛門ストーマパウチからのトイレでの便の出し方

理由その3、身体障害者手帳の交付を受けられる

永久人工肛門になることは、確かに精神的にかなりショックです。
しかし、それでも生きることを日本国全体で応援してくれます。
それは大変有難いことです。
永久人工肛門では、障害者認定基準が明確であり、申請すれば100%確実に身体障害者手帳が交付されます。
しかも、術後すぐに申請できます。
身体障害者手帳の交付により、障害者控除、各種税金の減免を受けられる他、公共及び民間のいろいろな障害者割引制度を利用できるようになります 7)
私の場合、普段からよく利用している主なサービスには、スポーツジム無料、美術館無料 8) 、映画鑑賞1000 円 9) 、高速道路通行料半額 10) などがあります。
その他の利用では、新幹線乗車券半額、東京都美術館無料(同伴者も)、東京モーターショー無料(同伴者も)、東京モーターサイクルショー(同伴者も)などもあります。

一方、肛門温存では、3~6か月程度の期間人工肛門を造設する場合でも、一時的人工肛門は身体障害者の認定対象外なので、身体障害者手帳の交付を受けられません(※例外あり 11) 。)

直腸がん治療後の人工肛門造設による身体障害者手帳(直腸機能障害)の写真

関連記事
7) 47都道府県中オストメイトに優しいのは?1道、1都、1府、11県です。
8) 美術好き、横山崋山特別展へ。有難う宮城県美術館。
9) 身体障害者手帳と映画鑑賞・・・どうして割り引いてくれるの?
10) 有料道路障害者割引とヘルプマーク
11) 一時的ストーマでも身体障害者手帳交付可能。閉鎖後無返還は十万円以下の罰金

理由その4、日常生活用具の給付を受けられる

永久人工肛門では、身体障害者手帳が交付されると、ストーマ装具を購入する際に費用の補助を受けられます。
ただし、自己負担は必要です。
私の場合には、比較的高価な装具を購入しているので、自己負担額はかなり足が出ます。
それでも、補助があるのとないのとでは、経済的負担はかなり違います 12)
また 、今後一生涯ストーマ装具を購入し続けなければならないことを考えると、大変有難い制度です。
なお、補助の範囲内で足りているという人もいます。

一方、肛門温存では、一時的人工肛門の期間のストーマ装具は全額自費での購入になります。
また、一時的人工肛門閉鎖後は、個人差はあるけれども便失禁パッドがほぼ不可欠になるので、その分の経済的負担が生じます。

直腸がん治療後の人工肛門造設による日常生活用装具給付決定通知書の写真

関連記事
12) ストーマ装具などの価格から自己負担額を計算してみた。

理由その5、障害厚生年金を受給できる

永久人工肛門では、サラリーマンで厚生年金保険料を納付している人、かつ支給要件を満たしている人は、認定基準が明確なので、申請すれば障害厚生年金を受給できます 13)
そして、障害認定日の翌月から年金が受けられます。
これにより、QOLを向上させたり、社会経済活動へ積極的に参加したり、身体障害者であることから生じる将来の不安に備えたりすることができます。
老齢年金受給間近の高齢者の方、すでに老齢年金を受給されている方には、それほどメリットを感じないかも知れません。
しかし、働き盛りの人にはかなり有利だと思います。
仕事も続けて、憧れのポルシェも購入できるかも知れません。

一方、肛門温存による排便機能障害では、年金支給の認定基準はありません。

直腸がん治療、永久人工肛門造設による障害厚生年金受給、年金決定通知書の写真
直腸がん治療、永久人工肛門造設による障害厚生年金受給、年金決定通知書の写真

関連記事
13) 【手続き概要】永久人工肛門の増設手術をしたら年金事務所へ障害年金の受給相談と申請へ


以上、肛門温存にこだわらずに永久人工肛門を選択するべき5つの理由についてお話ししました。

すでに肛門温存手術を受けた方、または、これから受けようという方、病院から必要な情報を漏れなくインプットされましたか?
術後に予想される排便機能が、術前の良好な機能とは違うものであることの説明を受けましたか?

これから直腸がんの手術を控えている方、肛門を温存するか永久人工肛門にするか迷っている方、後で後悔しないためにも、もう一度よく考えてみたほうが良いかもしれません。

医師は、「肛門温存しても、排便障害はかなり改善して、普通の人と同じくらいの生活ができるまで回復する人もいます。」というでしょう。
そして「自分はきっと回復するほうの人だろう」と、何の根拠もなしに決めつけているかも知れません。
人は、「正常性バイアス」という、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする特性があります。
なので、もしかしたら排便障害がいつまでも回復しないほうの人になってしまう可能性は否めません。
そのように考えると、肛門温存の選択は、現時点ではある意味ギャンブルです。

私は、決して永久人工肛門を勧めている訳ではありません。
肛門を切除してしまえば元には戻せませんし、ボディーイメージも大切だということを理解しています。
とは言え、肛門温存手術を受けて後悔する人も少なからず存在しているのも事実です。
そして、肛門温存後に「やっぱり永久人工肛門にしてください」と言っても、癌を再発しない限り無理なお願いになってしまいます。

比較的若い、働き盛り、社会的に成功したい、活動的に過ごしたい、恋愛したい、そのような人にとっては、肛門温存して排便障害になるのはとても辛いことなのではないかと想像します。

決めるのはご自身です。
どうか、最善の選択をしてください。


参考として、YouTubeで見付けた、肛門温存の体験談に関する動画を貼り付けておきます。

また、私の ” 人工肛門関連ブログ一覧 ” ページへのリンクをブログメニューに作っています。
” KenU人工肛門生活実態 ” YouTubeチャンネルも開設しています。


***** 関連記事 *****
【図解】医師も知らない、がんと癌の使い分けと、カタカナでガンと書かない理由。

コメントを残す