植物組織培養は簡単だけど家庭での実験は難しいと思う

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目 次
1.はじめに
2.植物組織培養の工業化
3.検討アイデア
4.カルス誘導培地と分化誘導培地
5.植物材料の殺菌方法
6.カルス培養が無菌である必要性とダブリングタイム
7.自宅での植物組織培養実験について
8.専門の施設でしましょう。
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1.はじめに

万能細胞として一躍注目を浴びた ” STAP細胞(スタップ細胞)) ” ですが、論文を取り下げて成果が白紙になろうとしています。
論文を捏造するなんてとても信じられず「魔が差した」の一言で片付けるには余波が大きすぎると思いました。

さてそれで、万能細胞という言葉でブログネタとして思いついたので、” 植物細胞の培養(植物組織培養) ” について少し書いてみようかと思います。

2.植物組織培養の工業化

植物の細胞は「分化全能性」という、細胞があらゆる細胞に分化することができる、つまり完全な一個体を形成できる能力があります。
いわゆる万能細胞ですね。
それで「植物組織培養」という技術を使って、細胞を短期間に大量に増殖させて、その細胞を植物体に再生すること(再分化という。)や有用物資(抗がん剤等の生理活性物質)を植物細胞に作らせる試みが研究分野や産業分野で実際に行われ実用化されています。

植物の細胞は根、茎、葉など、どの部分からもとることができて、特殊な薬品を使って培養すると植物の形をしないモコモコっとしたポテトサラダ?とかカリフラワー?みたいな感じの細胞の塊(カルスという。)で増やすことができます。

国内において工業的に大量培養された例は、KenUの知っている限りでは、
・日本専売公社(現、日本たばこ産業株式会社(JT))のタバコの培養、
・三井石油化学工業株式会社(現、北海道三井化学株式会社)のムラサキ(生薬のシコン(紫根))細胞培養によるシコニン色素生産(カネボウ化粧品、バイオリップスティックに使用)、
・日東電工株式会社のおたね人参(生薬の「高麗人参」)細胞培養による漢方エキス生産(ライフィックス;LIFIX(現、JTビバレッジ))、ローヤルスター500清涼飲料水(指定医薬部外品のローヤルスター500Dとは異なる)に使用)、
の3例あります。

しかし、これらは全て現在では行われていないようです。
どうしてなのか、そのはっきりとした理由はわかりませんが・・・。

植物組織の大量培養というのは、多大な電力を使用するのでエコではありませんし、意外にコストがかかります。
放って置いても大地で太陽光を浴びて光合成で成長する植物体と違って、植物細胞には栄養分を与えてあげないといけないし、電気を使用してコンプレッサーを動かして空気(酸素)を与えてあげたり温度を一定に保ってあげないといけません。
それから、細菌に汚染されると培養できないので、成長するまでの長い時間を無菌的な環境に維持する必要があります。
ハリウッド映画の「マトリックス」で人間が培養されていたり、「バイオハザード」でアリスが液体の中で培養されていたりしているのと同じようなものですね(笑。

なので、海外の広大な土地を安く購入して、植物体を大量に栽培するほうが圧倒的に安く生産できるのでは?と思います。

それから、微生物や人の精子などは凍結保存が可能ですが、植物細胞は凍結保存が難しいのです。変異していない安定した形質をもった植物細胞を維持するのがとても難しいという問題もあり、再現性のある、また一定の生産性のある植物細胞を長期間に渡って維持・保存することが困難です。

上記の事から、よほど付加価値の高いものでないと採算は合わないであろうとKenUは想像します。

3.検討アイデア

それで、かなり以前にKenUが一つのアイデアとして考えていたのが、アカマツの組織培養です。
←アカマツ

松島(宮城県)の松枯れ被害を防ぐ研究のため?
いいえ違います。
可能かどうかわかりませんが、アカマツの不定根(ふていこん)を培養して松茸の栽培用の菌床に使えないか?
松茸の栽培は未だにどこも成功していなくて、その理由として松茸は菌根共生菌であり共生主となる植物が必須なので、培養細胞を共生主として代用できないか?と思った訳です。
カルス誘導はしたけど、その後実験していません。

と、ここまでが本題の前置きです。
この後は、少し知識がないと、恐らくちんぷんかんぷんな話になるかも知れません。
ごめんなさい。

4.カルス誘導培地と分化誘導培地

植物細胞の培養自体はとても簡単です。

植物を殺菌して根とか葉とかを切り出して、ショ糖と植物ホルモンを含む無菌の培地の上に乗せておけば、不定形の未分化細胞(カルスという。)がモコモコと増えてきます(これを、カルス誘導とか脱分化という。)。

専門書を読むと、培地の種類は何種類かあって、植物ホルモンのオーキシンサイトカイニンも何種類もあって、「それらの配合バランスが大事です」みたいなことが書かれていますが、そんなこと言われても色々試さなくちゃならなくなって、どの組成にしたら良いか悩むし、はっきり言って困りますよね?

ということで、KenUが教えちゃいます。
次の条件でたいていの植物のカルス誘導はできます。

——-カルス誘導培地——–
・Murashige and Skoog培地(MS培地) ※pH5.8に調整
・寒天0.9%(9g/1000mL)
・ショ糖3%(30g/1000ml) ※いわゆる砂糖、スーパーで売っているスプーン印のグラニュー糖や上白糖でも良いです。

・2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)1ppm(1mg/1000mL) ※オーキシン
・キネチン(Kinetin;カイネチンともいう。)1ppm(1mg/1000mL) ※サイトカイニン
———————————

暗所、25℃で培養します。
カルスが誘導できたら、今度はサイトカイニンとオーキシンの種類や配合バランスを変えて、カルスを増やしたり、根や葉を生やしたり、植物体に戻したり(再分化という。)をさせて遊びます(笑
これまたどうしたら良いかわかりませんよね?

で、これも教えちゃいます。

——-分化誘導培地——–
・Gamborg’s B5培地(ガンボーグB5培地) ※pH5.8に調整
・寒天0.9%
・ショ糖3%
・インドール-3-酪酸(IBA)2ppm(2mg/1000mL)
・キネチン0.1ppm(0.1mg/1000mL)
———————————

光を当てて25℃で培養すると葉緑体が形成されて葉っぱも出てきます。

以上、培養条件を自信満々に書きましたが、上手くできなかったらごめんなさい。
とりあえず、まずはこれを基本にやってみてくださいということで^^。
ちなみに、ネットで紹介されているハイポネックス培地は、上手くいかなかったです。

5.植物材料の殺菌方法

それから、カルス誘導する時に植物の殺菌をしますが、専門書に書かれている方法では失敗が多くコンタミ率が高いです。 (コンタミ;コンタミネーション(contamination)、ここでは雑菌・細菌により汚染されることをいいます。)

それは何故か?

——-専門書の殺菌方法——–
・水道水(流水)で植物材料をよく洗う。
以下、クリーンベンチの中で、

・滅菌精製水(精製水をオートクレーブで蒸気滅菌したもの)ですすぐ。

・消毒用エタノール(70w/w%≒80v/v%)で1~3分間洗う。

・滅菌精製水ですすぐ。

・1%次亜塩素酸ナトリウム溶液で15~20分間洗う。(TWEEN20を加える例もあり。)

・滅菌精製水で洗う。
—————–

はい、これでは材料の洗浄が不十分で、せっかくの抗菌スペクトルの広く即効性のある消毒用エタノールによる殺菌効果が十分に発揮できず、台無しです。
ちなみに、次亜塩素酸ナトリウム溶液は芽胞に効くというメリットはあるが浸透性も低いし遅効性で殺菌効果は弱いのです(医療現場における次亜塩素酸ナトリウムの特性と有用性より)。
なので、消毒用エタノールによる殺菌効果を十分に発揮させることがポイントになります。

ということで、ではどうしたら良いか、その理由も解説付きでKenUが教えちゃいます。

——-KenUの殺菌方法——–
・先に手をよく洗います。関連記事→衛生管理における”手洗いの仕方”と”エアシャワーの浴び方”

・植物材料をママレモンで洗う。(これで、完全ではないがかなりの土埃や細菌を洗い流すことができる。)

・水道水(流水)でよく洗う。(ママレモンをよく洗い流す)
以下、手洗い・手消毒後クリーンベンチの中で、

・植物材料を滅菌精製水ですすぐ。

・1%次亜塩素酸ナトリウム溶液で15~20分間洗う。(殺菌の効果よりも洗い残しの泥や汚れをさらに除去する効果を狙ったもの。なお、tweenを加える必要はない。)

・滅菌精製水でよくすすぐ。

・消毒用エタノール(70w/w%≒80v/v%)で1~2分間(ものによって変える。葉っぱとか細い根など柔らかいものは弱いので短時間で、硬い、太いものは時間長めでOK)洗う。(先の次亜塩素酸ナトリウム溶液によって材料が十分に洗浄されているので、短時間の処理で抗菌スペクトルの広い消毒用エタノールの殺菌効果が発揮される。なので長い時間洗っても意味はなく、逆に植物細胞にダメージを与えるので短時間の処理で済ます。)

・滅菌精製水でよくすすぐ。(エタノールによる細胞へのダメージを停止する。)
—————————-

これで、コンタミ率激減間違いなしです!

ということで、植物組織培養って意外にも簡単に出来ちゃいます。

6.カルス培養が無菌である必要性とダブリングタイム

[2014.07.03追加]
カルス誘導や培養はなぜ無菌にしないといけないのか?という内容で検索してくる人がたまにいます。
なので記事を追加します。

その理由のひとつは、細菌の増殖速度は植物の成長速度よりもはるかに速いので、植物の成長に必要な培地の糖などの栄養分を細菌が消費しつくしてしまうので、植物細胞が成長するための栄養分が足りなくなって成長できなくなるからです。

そんな馬鹿な!って思うでしょ?
たとえば、もっとも成長が速いタバコ細胞でも、1個の細胞が2個に増える時間、つまり2倍に成長する時間、専門用語でいうと倍加時間(ダブリングタイム)は12時間(720分)もかかります。
一方、大腸菌のダブリングタイムは15分です。

この差をわかりやすく説明すると、1個のタバコ細胞は12時間で1回しか分裂しないのに対して、大腸菌は12時間で48回も分裂して2の48乗倍に増える訳です。
それぞれ1個の細胞が何時間後に何個になっているかを表にしました。
植物組織培養_増殖速度の違い
100万個のタバコ細胞に1個の大腸菌が入っただけでも、あっという間に汚染されてしまうことが分かります。
実際には、大腸菌はここまで増える前に栄養分を消費しつくして10^7~10^9/mLまでしか増えませんが。

ついでに、ダブリングタイム(Dt)の計算の仕方も書きますか?

植物細胞の数など数えられませんから普通は細胞重量で計算します。癌細胞は大きさを計測して計算するようです。

初期の細胞X0が、t時間後にどれくらいの細胞Xに増加するかは、
X=EXP(μt)・X0 ・・・式①
μは比増殖速度。

まずは、初期細胞が何時間後にどれくらいまで増殖したかを測定し、μを求めます。
例えば、培養開始時3.2gのタバコカルスが36時間後に25.6gまで増えたとします。
そうすると、式①を変形して、
X/X0=EXP(μt) ・・・式②

さらに変形して、
ln(X/X0)=μt ・・・式③

よって、μ=ln(X/X0)・(1/t)なので、μ=ln(25.6/3.2)・(1/36)=0.057762265h^-1となります。

比増殖速度μがわかったので、今度はダブリングタイム(Dt)を求めます。
細胞が二倍になる時間を求めるのだから、式③の(X/X0)が2になることを考えて、
ln2=μ・Dt ・・・式④

よって、Dt=ln2・(1/μ)なので、Dt=ln2・(1/0.057762265)=12h

はい、ダブリングタイム(Dt)は12時間になりました。

では、上表の例から問題です。
培養36時間のときに8gだったタバコカルスは培養84時間のときに何gになるでしょうか?

この時のtは84時間ではなく、⊿tなので(t2-t1)です。
式①から、X=EXP(0.057762265・(84-36))・8=128g

はい、上表と同じ結果になりましたね。

7.自宅での植物組織培養実験について

では、家庭や自宅でもできるの?
一般家庭での培養のやり方や自宅でそろえる代用の設備等を解説しているサイトはあるにはあります。
とりあえず・・・私見を。

家庭でカルス誘導だけして遊ぶ程度ならかまいませんが、それ以上の成果を追求したいのであれば、はっきり言ってやめておいたほうが良いと思います。
実験器具(ガラスフラスコやディスポーザブルプラスチックシャーレ、操作に使用するピンセット、植物を切り出すナイフ(メス)、はさみなど)はネットでもホームセンターでも購入できるので問題はないでしょう。

しかし、家庭用品で代用できると言われているものもありますが設備が色々と必要で高額な出費になります。

ネット上で紹介されているものを、一応考えて見ます。

・オートクレーブ(高圧蒸気滅菌器):オートクレーブに近い温度まで昇温、加圧でき、加熱時間もタイマー付きの電気圧力鍋が代用できそうです。スノコ代わりに蒸し器を使うとよいでしょう。

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・乾熱滅菌器:オーブントースターの利用。温度的には十分ですが、タイマー設定時間が短く、メーカーが長時間の連続運転を想定した設計をしていないので危険。 ピンセット類はアルミホイルにくるんで圧力鍋で蒸気滅菌すれば良いので、乾熱滅菌器が必ず必要という訳ではないと思います。

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・クリーンベンチ(無菌操作用の装置):無菌箱を自作することが紹介されていますが、無菌性が保てるかどうかは怪しいです。 たとえカルス誘導できたとしても、さらに何ヶ月もかけて継代培養するうちにたった一回でもコンタミしてしまえば、カルスが全滅して何ヶ月もの苦労、努力が一発で吹き飛んでしまうかも知れません。 自作するなら殺菌灯付きのグローブボックスを作るほうが良いかも知れません。
それとも卓上のクリーンブースを購入したほうが良いかな?

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・植物インキュベーター(植物用恒温培養機):光照射ができて、温度を一定に保つことができる装置で、家庭用のもので代用できる機械はありません。 理化学機器で購入すると何十万円もします。

・pH計:Amazonとかで数千円のものが販売されていますが、それなりに精度があるものが必要です。 pH調整がきちんと出来ていないと寒天培地の寒天が固まりません。

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・電子天秤:調理用デジタルスケールの使用。 表示桁数(0.1g)と精度(誤差±0.2g)が全くだめです。 最低でも数十mg単位で試薬を計らないといけませんから使えません。

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そんなところかな。

遊びでやるならともかく、ろくな設備もないところで誤差の大きい実験をして再現性が得られないのでは意味がありません。
STAP細胞問題と同じで、再現性の得られない実験データは成果が無いのと等しく評価に値しませんから。

もうひとつ問題なのは、培地に使用する試薬の入手ですね。 これがなかなか難しいと思います。
富士フイルム和光純薬株式会社の国内代理店をあたってみるとかですか?

8.専門の施設でしましょう。

ということで、植物組織培養をやりたいのであればきちんとした設備の整ったところで実験したほうが良いと思います。
高校の理科実験クラブとか大学の研究室とか、レンタルラボとか。

たいていの大学の農学部とかではやってるでしょう。
たとえば、愛媛大学農学部 応用生命化学 植物化学研究室とか、
信州大学繊維学部 先進植物工場研究教育センター(SU-PLAF)レンタルラボ とかもあります。
自分でやらずに他でやってもらう、植物組織培養受託サービスなんていうのもありますね。

いろいろと探して見て下さい。

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